捨っても捨っても

断捨離を目指すも入捨入になってしまう主婦の日々

愛犬 サムの旅立ち 20220925 15歳8か月

実家の最後の愛犬サムが旅立ちました。15歳8か月。
心臓病を患いながら、ガンを克服し、サムらしい秋晴れの朝に静かに息を引き取りました。


思い返すと、私が看取れるこの日をサムが選んだのかなぁ。という気になります。
今はまだ、サムに似た感触を探しては涙の日々ですが、私の記憶が薄れぬうちに記録としてサムの生涯を残します。


生後6か月の時に知人が飼えなくなり、私が譲りうけました。


引き取りに行ったのは7月。


職場の同僚3人で迎えに行くと、真っ直ぐに私のところに来て膝の上でおとなしくしていました。飼い主が別れを惜しみ車まで見送りに来ても、膝の上ですっかりくつろいで完全になついていました。
その時、前情報は聞いていたけど、この幼い子がどんな境遇にあったのか見て取れて「もう大丈夫だよ。最期の最期まで一緒に居ようね」と言ったのを覚えています。


ビロードのような艶のある漆黒の毛並みに赤い首輪、かわいそうなぐらいガリガリでトイプードルにしては手足が長く大きくなりそうな子でした。


我が家には同じトイプードルの先住犬が4頭いて相性の心配はあったけど、みんなすぐに受け入れてくれてトラブルはありませんでした。


サムは前環境のトラウマからか吠えることができず、分離不安な面もありましたがゆっくりと愛情かけて過ごすうちに、いつの間にか先頭にたってふざけ、犬本来の無邪気な姿を沢山見せてくれました。


性格は温厚で生涯で一度も怒った顔を見せなかった。
甘えん坊で優しくて、健気でいつも寄り添ってくれる子でした。
色んな遊びをすぐに覚えたな。ボール投げや、かくれんぼ。フェイント遊び。お菓子あてゲーム。ドライブも大好きだった。


6歳ごろから心臓に雑音が生じ、薬を飲むようになり、肺水腫になりかけたこともあった。
3年前に去勢済みの犬には珍しい肛門腺ガンになり手術。
手術は成功して転移もなかったけれど、そのころから下痢や食欲不振が度々起こり、6.4kgあった体重は最期2.95kgまで減ってしまいました。


9/7に母の手術があり、術後のケアを兼ねて9/6から1か月程度実家に滞在しました。


私が滞在する10日ほど前から食べムラがでて、元気はあるけど自分のご飯を食べず、あまりに食べないのでシリンジで少しずつあげました。嫌がる子が多い強制給餌も上手に食べられた。
2日ほど経って、試しに鳥汁にドックフードを入れて与えたところ急に食欲が戻り、それからの10日間しっかりと食事を摂ってくれました。体重も50g増えて足取りもしっかりして本当にうれしかった。


私が台所に立つと、毎度良く見えるところを探しては見守るようにじっと見つめてきました。「サンちゃん。見守ってくれてるの?ありがとう。居るよ。大丈夫だよ。」


座っているときは抱っこをせがみ、膝の上で丸まってすやすやしてた。
眠るときは私のお腹の上にのって鼻先を私の首元に付けて毎日眠りました。
重くてそっと降ろしても、また上ってすやすやと眠る。
「あぁサンちゃん。かわいくてかわいくて、お姉ちゃん、サンちゃんを吸収したいよ」と毎日ささやきました。ただ、以前より不整脈が激しくそんなに永くないかもな。とどこかで考えていました。「サンちゃん。サンちゃんの心臓すごく頑張ってるね。お姉ちゃん大丈夫だから、サンちゃんのタイミングでいいからね。」そんなことを言った夜もありました。


夜中2時間おきのトイレに付き合い、転んだときは「大丈夫だよ。ちょっとつまずいただけだよ。上手におトイレできてるよ。自信をもって。」と何度も励まし、寝つきが悪い時は「大丈夫大丈夫。お姉ちゃんが居るんだから。ずっとそばにいるんだから。怖くないよ」と抱っこしてなだめ、この20日間は本当に濃密でした。


20日ごろからまた食べが悪くなって、23日の午後から何だか落ち着かず、夕方シリンジで給餌すると、初めて鳴いて拒否をしました。「わかったわかった。ごめんごめん。やらないよ。嫌なのね。サンちゃん、お別れの準備はじめちゃったのかな?ごめんごめん。」


横になってもぐるぐる回るような行動と胸が苦しいのか少し鳴くことが2時間おきぐらいにおこり、日付が変わって25日の朝2時ごろに心拍が弱くなってきたので、母を呼んでサムを挟んで3人で横になりました。少ししてまた、私の胸の上で40分くらい寝て朝5時ごろからまた落ち着かずぐるぐる回っては鳴き、母が水をあげたところ、自力で力いっぱい飲みました。


その後また鳴いたので私が抱き落ち着くまであやし、横にならせました。
足の突っ張りがあったので、ゆっくりとマッサージすると気持ちよさそうにリラックスしていました。


大分落ち着いたので、母に頼み私は洗濯物を干しに席を外して2~3分。突然嘔吐。
急いで戻って頭を下げ窒息しないように対処しました。
私が抱き上げて3分くらいで亡くなりました。心不全だと思います。朝7時ごろの事でした。


サム、もう苦しいところはない?
サンちゃん、初めて会ったあの日お姉ちゃんを選んでくれてありがとう。
サムがうちに来てくれて、毎日楽しくて幸せだったよ。


「世界で一番大好きだよ。世界で一番てことは宇宙で一番てことだよ。最期の最期まで一緒にいるよ。」良くサムに言ったよね。


サム、サンちゃん、お姉ちゃんのお願いを全部叶えてくれてありがとう。
元気な姿も、たくさん食べる姿も、見守り隊も、最期の瞬間も全部叶えてくれたんだね。
骨になって迄、お姉ちゃんが大好きな鼻筋も喉仏もしっかり残してくれてありがとう。
サムのメッセージ受け取ったよ。


飼い主冥利に尽きるくらい、素晴らしいお別れの期間だったよ。
サンちゃん、頑張ったね。いっぱい頑張ったね。本当にすごいよ。


サムとの日々が幸せすぎて、まだまだ涙が出ちゃうけどしっかり生きるから心配しないでね。


サム、いっぱいいっぱいありがとう。また会おうね。

こころの整え方がわからない

私は人付き合いが苦手です。
そもそも他人と長時間一緒にいることが苦痛です。


そんな私が、結婚できたのは本当に奇跡で、多分、主人も同じタイプなんだと思います。
お互い干渉しあわず、否定せず、口調も穏やかで口数も少ないので心地よいです。
外食や外出もほとんどせず、休日は庭でゆったりと読書をしたりストレッチをしたり、完全に老夫婦の様ですが私達には合っています。
そして互いに慎重派なので、大体のペースが似ているのだと思います。
(不満や物足りなさはたまにあるけれど)


今、母親との関係で苦心しているののは、この穏やかな生活を脅かされていると感じているからなのかな。とも思います。


私の母は、朝起きた瞬間からしゃべっていて、いちいち口出しするタイプです。
そして、TVが大好き。
起きて寝るまで付けていて、韓国ドラマとワイドショーの毎日同じ話を延々とリピートしてきます。


その辺りもストレスです。


私が19歳でリウマチになった一因は母にあると思っています。
家族親戚誰も発症しておらず、病院で強いストレスになることがありましたか?と聞かれたとき、直ぐに母との関係だな。と思いました。


幼少期からずっと祖母の悪口を聞かされ仲裁に入ったり、兄の非行でずっと母のケアをしてきました。それなのにいつも兄を優先している母に嫌悪感を持っていました。


書き出したらきりがないけど、母は私を自分の感情のはけ口にしていたのだろうと思います。


同居している方々はどうやって折り合い付けているのでしょうか?


どうやってこのイライラを整えたらいいのでしょう。
ついついイライラが爆発し態度に出て、『こっちだってあんたの世話にはなりたくない』なんて言われるとうんざりです。


全く生活スタイルが違う場合はどうしたらいいんですかね?
私が我慢するしかないのだろうけど・・・・・今はまだ心の整理が・・・・




早く旦那のところに帰りたい。

老犬とともに

現在、目の手術をした母の介護を兼ねて1か月程度実家暮らしです。
母との関係は相変わらずですが、実家に来て1つ良かったことが。


大好きな愛犬と一緒に居られることです。
15歳8か月。


今年の初めに18歳11か月のおじいちゃん犬が旅立ち、心臓病を抱えているこの子もだんだん食欲が落ちてガリガリになってしまいました。


足腰も大分弱ってお水を飲むのもトイレに行くのも一苦労です。


でもちょっとサポートすれば自分で排せつも可能なので手を出しすぎず見守っています。


今は赤ちゃん返りのような状態で、体を預けて甘えてくる様が本当に愛おしくたまりません。とってもかわいいです。


目は離せないし、夜中のトイレに付き合うのとかちょっと大変だけど、楽しいです♪


褥瘡予防にリラクッションなる介護グッツを購入しました。
23,100円
新築祝いで弟がくれた祝儀を横流しの様に使う姉。


こんな風に母に対しても無償の愛を注げたらいいのですが。
ついつい強い口調になってしまいます。


主人は動物が苦手なので、苦手というか命の責任を負いたくないという考えの人(それはそれで正しいと思う)なので、私にとって、人生最後の愛犬です。大事に大事に過ごします。